LOGIN「美鈴ーっ、出掛けるわよーっ」
玄関から名前を呼ばれ私は急いでお出かけの準備をする。 今日は日曜日。前々からこの日はママと二人で遊びに行くと約束していた。 その為にママは多少無理をして仕事を終わらせてくれた。 正直中身が現世の年齢を加算して三十オーバー女としては【そこまで無理しなくてもいいのに】と自分の母親に対して姉のような気持ちになってしまうのだが。 ママは26歳。前世の私の年齢より若いのだ。まだ遊ぼうと思えば遊べる年なのに…。 とは言え今日は私の六歳の誕生日。 ママがこうやって休みを取ってくれて、遊びに連れて行ってくれる事自体は素直にとても嬉しいのだ。 体が幼いと、心も幼くなるのかな? どこかうきうきと浮かれてる自分もいるのだから、どうしようもないなと思う。 「美鈴ーっ?」 ぼんやり考えていると、今度は少し心配そうな声で名を呼ばれて、私は慌てて返事をした。 白のワンピースに大きな麦わら帽子。それと愛用のピンク色の鞄にハンカチ、ティッシュ、もしもの時の絆創膏と水の入ったミニサイズのペットボトルを入れて私は部屋を出てママが待つ玄関へと走った。 そんな私をママは満面の笑みで迎えてくれて、頭を撫でてくれる。 ふわあ…ママ、綺麗…。 何時も締め切り間際のボロボロ姿を見慣れてしまったせいか、ママのちゃんとした姿は女の私でも眼福である。 ストレートの金髪に似合う白い大きな帽子。そして私とお揃いの白のワンピース。私のは膝丈だけど、ママのはロング丈。 「ママ、きれいだね」 私は素直にママに賛辞を送ると、 「美鈴も可愛いわ」 ぎゅっと抱きしめてくれた。 んふふ。幸せ。 「わたし、ママ、だいすきっ」 「ママも美鈴の事大好きよ」 二人顔を見合わせふふっと微笑み合う。 ママに手伝ってもらい靴を履くと、差し出された手をとり私達は家を出た。 仲良く歩道を歩く道すがら、私はママに幼稚園での出来事を話す。 それをママは優しくうんうんと頷いて聞いてくれる。それはそれは優しい笑顔で。 …ママは美人だ。 乙女ゲームの主人公の母親だから当然と言えば当然かもしれないけど、でも、この視線は酷い。 擦れ違う男と言う男、全員がママを見て、振り返り、厭らしい目でママを見てくる。 前世の所為で、こういう目に私は酷く敏感だ。 (…ママをどっかに連れ込んだりしたら、絶対絶対許さないんだからっ!!) ぎゅっと握った手の力を強めると、ママは不思議そうに小首を傾げた。 そんなママの姿は可愛い。可愛いんだけどぉー……はぁ。 「ママ、わたしとはぐれたら、だめだよ?」 「あら?ふふっ、分かったわ。美鈴もママから離れたら駄目よ?」 「うんっ、ぜったいはなれないよっ」 意地でも離すもんかっ。 ママは私とずっとずーっと一緒にいて貰うんだからっ!! 再婚をさせない代わりに、私がずっと一緒にいるからねっ!!何歳になっても一緒にいるからねっ!! 色目を使ってくる男達に【ママは子連れですよー】【旦那さんもいるんですよー】なオーラを醸し出しつつ歩を強め、そうこうしている内に、私達は目的地である近所の大型スーパーに到着した。 「ねぇ、美鈴?本当にここで良かったの?どうせなら動物園とか水族館とか、遊園地とかでも」 不安そうにママが聞いてくる。 そりゃそうだ。普通六歳児が誕生日祝いに近所のスーパーに行きたいなんて言わないだろう。 でも、メジャーな子連れスポットなんて、カップルが絶対多そうな、男がわんさかいそうなスポットに何て行きたくない。 こんなスーパーですら結構な人数の男がいるのだ。ましてママのこの容姿。絶対ホイホイされる。 実際、さっきから私とママの手を見つつもママを気にしている男性がチラホラいる。 ママが私と手を繋いでいなければ、ママ目当ての男がもっと寄って来て、きっと私は脇目もふらず回れ右して全力逃走してしまいそうだし。 「ここがいいの。ここならママもおかいものできて、いっせきにちょう、でしょ?」 「もう、美鈴ったら。本当に賢い子ね。それにとっても優しい子だわ」 ママが微笑む。それにつられて私も微笑む。 「そうと決まったら、お買い物しましょうっ。美鈴の新しい服も欲しいし、ケーキも買わないとねっ。美鈴は何が欲しい?」 「じてんがほしいっ」 「辞典?何の?」 「ドイツごっ!!」 元気よく手を上げて応える。 実は前世の私は勉強という物が嫌いではなく、むしろ好きだった。こう、知識が頭に吸収される感覚が好きなのだ。 お蔭で小学校から大学まで常に成績はトップをキープ。一般的な科目はほぼほぼ満点でクリアしている。 前世で大学は理数系を選択したので、今度は文系を極めてみたい。 そう思って言ったのだが、ママはそれはもう驚き、綺麗な瞳を真ん丸くさせていた。 あれ?辞書、もしかして駄目? 「ママ…?だめ?」 「えっ?い、いいえっ。駄目と言う事はないの。でも…まだ早いんじゃ…?」 やっぱり可笑しいか。普通なら絵本とか言う所だろうし…。 でも、今更絵本何て読んで何が楽しいのさ。 どうせ買ってもらうなら、辞典の方が為になる。 「…だめ?」 ちょっとあざといかな?と思いつつもうるうると目を潤ませてじっとママを見詰めると、ママは首を大きく振った。 「いいわ。今日は美鈴の誕生日ですものっ!好きな物を買ってあげるわっ」 そう言ってママは私の手を引いて歩きだす。 「……一石二鳥とか、ドイツ語といい…私の娘、もしかして天才なんじゃ…?そのうえ可愛いなんて、どうしよう…。絶対男に狙われるわ」 ママが小さい声で何か呟いていたけれど、怖い言葉も入ってたから私は聞かなかったことにした。流石大型スーパー。普通のスーパーとは違い複数のテナントが中に入っており、その中には当然本屋も並んでいた。
本屋の隣に子供服専門の店もあり、私が欲しい本を選んでいる間、ママは隣の服屋を覗いてくることになった。 本屋から出ない事を約束して、私は久しぶりの本屋をじっくりと見て回る事にする。 あぁ、出来れば各国の言語が載ってる参考書とか、問題集とか欲しいなぁ…。 漫画とか乙女ゲームとかでも良かったかもなんだけど、それはもう少し大きくなるまで我慢かなー。 大きくなればPCを入手出来る様になるだろうし、そうすれば色々ネット注文とかで外出しなくても良くなるし。何にしてもアルバイト出来るようになるまでの我慢だね。 そう言えば本棚の並び見てて思い出したんだけど、そもそも私がBLに嵌った理由ってその売場だけ男の人がいなかったって事なんだよね。男を避けて避けて見て回ってたらここに辿り着いたんだ。 まぁ、完全にいない訳じゃなかったけど、そう言う場所にいる男の人は大抵は心が女性だったり、周囲を気にしない人だったりしたから傍によりさえしなければ大丈夫だったんだよね。 現世ではどんなBL売ってるのか気になる所だけど、この年齢で流石にBLの棚による訳にはいかないなー、えーっと、参考書の棚はどこだろー? 暫く歩いて、その場所を発見する。喜々として歩み寄るとスーパーにしては結構な品揃えだ。 「ママ、何冊位なら買ってくれるかな…」 予算としては多分ママが買ってくれようとした玩具の値段位だよね、きっと。 だとすると最高で五千円くらいかな。うん。だとすると…。 私は問題集の棚の下に立ち上から順に背表紙を眺めて行く。 前世に愛用していた参考書を出している出版社あるかな?と探すと見つかった。しかも。 あちゃー…。一番上の段のど真ん中だ。 前世の身長があったとしても、背伸びして義理届くかどうかの高さだ。 確実に今の私の身長じゃ届かない。 どこかに踏み台は…キョロキョロと周りを見渡す。あ、あった。 テテテッとそこに走り寄り、踏み台を押す。幸いタイヤが付いているので移動は楽だった。 ゴロゴロと音を立てつつ、踏み台を動かし設置すると、二段ある踏み台を登る。 ……が。 「と、とどか、ないっ」 踏み台と言うドーピングをしてもギリギリ届かない。 あ、あ、でも、もうちょっと…指先に欲しい本が微かに触れる。 いける、かもっ? ぐっと爪先に力を入れ、本を動かそうとした、その時。 「これが欲しいのか?」 背後から突然男の声が聞こえ、反射的に体が竦みあがり、バランスを崩してしまった。 「――ッ!?」 体が斜めに傾き、一瞬の浮遊感。地面に叩きつけられる恐怖と痛みに耐える覚悟を決め、ぎゅっときつく瞳を閉じ体を強張らせる。しかし。 「おっ、と、危ねぇっ」 焦ったような声が耳に響いて。 そこから待てども待てども覚悟していた受ける筈だった衝撃が来ない。 暖かい何かに包まれている。けど、目を閉じているから分からない。 すると、耳元で囁くような声が聞こえた。 「大丈夫か?悪かったな、急に話しかけて」 この、声は…―――男だっ!! 急いで目を開き状況を確認する。私はやたらと顔の整った男子高校生?に片手で抱えるように助けられていた。 う、嘘だっ、嫌だっ、嫌だっ、怖いっ!! 「どうした?どこか痛むか?」 カタカタと急に震え出した私の足を掬い上げるように腕を回し、片腕に座らせるようにしてもう一度心配気に覗き込んでくる。 けど、今の私はそれ所じゃなかった。 男に触れられている。それだけでもう怖くて堪らない。 前世の様々な記憶がフラッシュバックする。 怖くて怖くて泣きそうだ。…でも…、我慢。我慢だ私っ! だってこの人は助けようとしてくれたんだ。だから、我慢っ。辛いけど、怖いけど。 でも助けてくれたのにお礼を言わないのは絶対おかしいから。 体の震えを何とか抑え込み私は素直に礼を言った。 「だ、いじょうぶ。ありがとう」 「そうか。ならいい。えっと」 男子高生は私を降ろして、さっき私が取ろうとしていた本を取ってくれた。 「これで良かったのか?」 手渡してくれたそれを見て私はコクリと頷く。 「誰かにお使いでも頼まれたのか?」 突然そう話を振られて私は首を傾げる。すると見た目男子高校生は苦笑いして、蘇芳色の髪を掻き上げた。ますます意味が分からなくて一歩だけ距離をとるように後ろに下がってジッとその姿を確かめた。 黒シャツに黒のパンツ。男子高生?むしろホスト?結構お高そうな服を見事に着こなしている。身長高い。170軽く超えてるよね。そのまま見上げて視線を顔に向け目線を合わせる。 この人の瞳も青だ。黒に近い藍。 私と同じ青色だけど全然違う色の瞳がすっと細められた。 「じゃあその本は何に使うんだ?」 これ?何で私に渡した本をじっとみて……あぁ、成程。そう言う事か。 彼の訝し気な目を見て私は納得した。 彼は私が何か悪戯していると思ったんだ。ちゃんと悪い事は悪いと注意するつもりで。 なんだ、この人、良い人だ。 ごめんね、ホスト何て言って。少し安堵した私は微笑んだ。 「べんきょうするの」 「へぇ、誰が?」 あ、まだ疑ってる。でも私は嘘を言ってないから平気。 「わたしが」 「ドイツ語を?」 今度こそ私は大きく頷く。 「冗談だろ?」 驚き、疑うように言われて私はもう一歩後ろへ下がって距離を置き、 『助けて頂き有難うございました。本も取って頂き有難うございます。それでは失礼します』 そう、英語で言うと微笑んでその場を後にした。 なんでドイツ語じゃないのかって?そんなのまだ解らないからに決まってる。 英語なら授業とかそれ以外でもしっかり前世で学んだからね。 「お、おいっ」 驚き、目を真ん丸にした男子高生から逃げるように遠ざかり、ママのいる所へと思ったけれど、まだ会計の済ませてない本を持って本屋を出る訳には行かない。 辞典がある場所はさっきまでいた参考書の売り場の近く。戻る訳にもいかないし…。なら一旦店員さんに本を預かって貰ってママの下へ向かおう。 決めたら即実行。 持っていた本を店員さんに預け、私は隣の服屋へ入る。 本屋と違って棚が低く、奥も透けて見える什器が使われている為、探しやすい。 すると服屋の店員とテンション高く会話してるママの姿が見え、私は急いで走り寄った…つもりだった。 急に背後から抱き上げられ、何事かと振り返るとハァハァと気持ち悪い息遣いで太った男の視線が舐めるように私を見て、そのままばれないようにと動き出す。 ここにきてまさかの誘拐っ!?嘘でしょっ!? 嫌っ!!気持ち悪いっ!!怖いっ!! ボロボロと無意識に涙が零れだす。 死ぬほど怖いっ。でも、落ち着けっ、落ち着けっ、私。こういう時の対処法はっ、 「ママぁーーーーーーっ!!」 力の限り泣き叫ぶこと。 全力で泣き叫ぶと、ママがこっちに気付き、慌てて走り寄ってくる。店員さんも気付きこっちに来てくれる。 けれど、男の方が早かった。 だるまの様な体で走りだし、泣き叫ぶ私の口を汗で湿ったその太い手で塞ぐ。 ぎゃーっ!!気持ち悪いーっ!! がぶっとその手を齧り顔を振って口を解放させて必死にママを呼ぶ。 「美鈴っ!!」 「ママぁーっ!!」 私の名前を呼ぶママの声がどんどん遠ざかる。 この誘拐犯、意外に足が速いっ。 せめて抵抗しないとっ!! じたばたと暴れるが所詮子供の抵抗だ。痛くも痒くもないだろう。それに、この手の男は…。 「…あぁ、可愛い」 抵抗しても全く通用しないのである。むしろ喜んでしまう。 それがやっぱり気持ち悪くて…。 「いやぁーーーっ!!ママっ、ママぁっ!!」 このロリコン、誰でもいいから何とかしてーっ!! 私を助けてぇっ!! スーパーの入口を抜けて、男は自分の車へと走り私を後部座席へと放り投げた。 鍵をかけずに駐車していたことから計画犯だって事が解る。今そんな事が分かった所でなんの解決にもなりはしないんだけどもっ。 男は運転席に乗り込み車を動かそうとして止まった。 自分のポケットや鞄を漁っている。 もしかして、鍵を落としてきたのか? 男は舌打ちをして、また車から出て、今来た方向へ走って行った。 どこで落としたのか見当が付いているんだろうか?解らないから来た道を戻ったのかも、だ。 って事は今なら逃げられる? そっと、誰もいない事を確認しながらドアを開けて車から降りる。すると、コンコンと窓ガラスを叩く音が聞こえた。 キョロキョロと見回すと、隣の車に乗っている男の子が私に必死に手招きしている。白いシャツを着こなしている童話に出てくる王子様ばりに可愛い少年だ。藍の瞳に金色の髪が眩しい。 どうしようっ。男は怖いけど、男の子ならまだ我慢できる、かなっ? 背に腹は変えられない。 私は隣の車の運転席のドアを開け中へ入った。 「こっち来てっ」 その男の子に導かれるまま、後部座先へ移動する。 するとそこには私を呼んだ男の子と同じ顔をした金色の髪に緑の瞳の少年王子が外を見張っている。 「急いでっ!戻ってきちゃうよっ!」 更に奥のトランクへ。 そこで小さくなるように言われて、私は慌ててばれないように身を隠す。 その上からその子は毛布をかけてくれた。 暑いけど、誘拐されるより断然マシ。 「葵(あおい)っ、あいつ戻ってきたっ」 「こっちに気付かれないようにしてっ」 「寝てるふりでもしようっ」 話し声が止み、一気に静かになる。 すると、隣の方からバタバタと焦る足音と車のドアを開け閉めする音が響き渡る。 バレませんようにっ…。 心臓の音がバクバクと体中に響いている。 恐怖に涙が零れ、嗚咽が外に漏れないように口を必死に抑えるけど、体の震えはどうしようもない。 「…大丈夫だよ」 「うん。大丈夫。直ぐに父さんと鴇(とき)兄さんが来てくれるから」 「「だから、大丈夫」」 二人が私を安心させるように小さな声で、何度も何度も大丈夫と繰り返す。―――バキッ、ガタンッ!!
大きな音が隣から聞こえ、ひっと耳を塞いで体を縮ませる。
暫くして、コンコンと車の窓ガラスを叩く音が聞こえた。 それと同時に、 「「鴇兄さんっ!」」 二人の声が重なった。ドアが開く音が聞こえ、外で何かしら話している声が聞こえる。 けど、怖くて震えている私にはそれも上手く聞き取る事が出来なくて、自分の呼吸音しか耳に入ってこない。 またコンコンとガラスを叩く音が聞こえた。今度はさっきよりも近くに。 そっと毛布から顔を出して音のした方をみると、トランクの扉が開けられた。 「大丈夫か?」 「ほん、やの、おにい、さん…?」 そこには優しく微笑む頼もしい姿があって。私はまたボロボロと涙を零す。 「もう大丈夫だから。ほら…」 その男子高生は私を毛布ごと包む様に抱き上げトランクから出してくれる。 「ママの所に行こうな」 「もう、大丈夫だよ」 「鴇兄さんがいれば絶対大丈夫」 止まらない涙を手でゴシゴシと擦ると、双子は背を伸ばして私の背中を撫でてくれた。 そんな双子を微笑ましそうに見ながら、本屋で会ったお兄さんは私と双子を連れてスーパーの中へと戻った。 お兄さんの足は真っ直ぐバックヤードへと向かっていた。何故? 関係者以外立ち入り禁止区域へ行くのに、その足取りは揺らぎない。従業員の休憩室らしき場所に足を踏み入れるとそこには白いワンピース姿が。 「ママっ!!」 私が叫ぶと、今まで祈る様に俯いていたママが弾かれた様に私を見て椅子を倒す勢いで立ち上がり抱き上げられている私を奪い取ってきつくきつく抱きしめた。 やっと安心出来る場所に来て、また涙が溢れだす。 「美鈴っ、美鈴っ!!」 「ママぁーっ!!」 互いにきつく抱きしめあい無事を確認しあう。 「良かったっ、良かったっ、本当にっ」 ママがそう言って私を抱きしめていると、そっと知らない男性が近寄って来た。。 いきなりの男性登場に体がびくっと震え、ぎゅっとママに抱き着く。 「無事で何よりです。犯人は私の部下が連行したので安心してください」 そう言ってママの肩を叩く。ゆっくりと二人でその声の主を確かめる為、顔を上げると、ママより頭二つ分位大きい男性が立っていた。 またしてもイケメン。年齢の所為かやたら落ち着いた風貌で、けれどその蘇芳色の髪と緑色がとても印象強いダンディなおじさま。 スーツを着てはいるけど、話し方から対応の仕方で警護とか警備関係者であろう事は何となく理解した。 ママは私を地に降ろすと、深々と腰を折った。 「本当に、有難うございました。娘を助けて頂き、本当に、本当に有難うございます」 後半の声は涙で声がかすれていた。 私も慌てて腰を折る。 すると、私は急に手を取られた。両サイドから。 「よかったね。ママと会えて」 「大丈夫だったでしょ?」 双子が微笑みながら優しい言葉をくれる。 それが嬉しくて、 「うんっ、ありがとうっ」 と満面の笑みで返すと、二人が驚いたような顔でピタリと動きを止めた。 え?なんで? 助けてくれたお礼を言っただけじゃん? 「ねぇ、君、名前は?」 「教えて?僕も知りたい」 「あ、俺も知りたい」 そこに何故かすかさず便乗した本屋のお兄さん。何故…。 助けて貰ったんだし、名前くらいなんぼでも言うけども。 「さとうみすずです」 「みすず、ね。どんな字を書くんだ?」 え?それ幼稚園児の私に聞く? 首を捻ると、尋ねてきた本屋のお兄さんはにやりと笑った。 「英語をあれだけ流調に話せて、ドイツ語を学ぼうとして参考書を手に取ったのに、自分の名前の漢字も説明が出来ないのか?」 う…。そう言われると、説明出来ないのは逆に不自然かもしれない。 私は手を繋いでくれている二人に手を離してもらい、お兄さんの手をとると、その手に指で自分の名前を漢字で書いた。 「成程。そう書くのか」 「鴇兄さん、独り占めは駄目ですよ」 「ズルいです」 そう言って二人はまた私の両サイドで手を繋いできた。 何だろう、この状況? 何で二人と手を繋ぎっぱなし? 男の子であろうとも、立派に男なので私の精神の安寧の為に出来れば解放して貰えると有難いんですが…。 お兄さんは手近にあった椅子を引き寄せ座ると、私の脇に手を入れて持ち上げ自分の膝の上に座らせた。 あ、あの、だから、男性の側は嫌なんです、けど。 さっきは非常事態だったからまだ我慢できたけど、今はだいぶ落ち着いて来て男性に近寄られると素直に体が震えるんですが。 はなして、くれませんか? この一言が言えたらどんなにいいか。 双子はまだ手を繋いだままだし、何だこれ。 「ま、ママ…」 最終的に助けてくれるのはママしかいない。 だが、一方のママは…。 「え?あ、あの…」 「どうでしょう?考えてみてくれませんか?」 「そ、そんなこと突然言われても」 「私はチャンスを逃したくないんです。貴方が少しでも私を嫌いでないというのなら、どうか…」 「き、嫌いだなんてそんなっ」 「私と結婚を前提にお付き合いしてくださいませんか?」 …ん? ちょ、ちょっと待って? 今聞き捨てならない言葉が私の耳に突き刺さったよ? 結婚を前提にお付き合い? それって、まさか…。 私はママに求婚している男性の顔を見た。蘇芳色の髪、緑色の瞳。すらっとした身長に大人の色気が混ざった…って、嘘だぁっ!? 慌てて私を抱っこしている人の顔を確認する為に振り返る。そして左右に立っている双子を見る。 「~~~ッ!?」 叫び出しそうな声をごくんと飲み込んだ。 間違いないっ!この三人、攻略対象の白鳥家の三人だっ!! 思い出した瞬間にゲームの細かい設定まで思い出す。 そうだ、この男性は白鳥家の父親で後に私の義父になる人だ。私の年齢から計算すると彼は昨年奥さんに先立たれたはず。 ゲームの設定ではずっと奥さんを忘れられずにいて、ヒロインが中学に上がったある時、外で具合を悪くしたヒロインの母親を救ってくれるんだけど、そこで白鳥家の父はヒロインの母親に一目惚れして猛プッシュ。 その後再婚する事になる。しかもかなりのスピード婚。出会った一月後には、結婚し、以来ずっとラブラブな二人って説明書には書かれてた。 …筈、な、の、にっ!!なんで今出会って既にプッシュ受けてるのっ!? ママは押しに超弱いんだよっ!? ここで再婚なんてされでもしたら、私のご隠居生活がっ!! 慌てて私は周囲を囲ってた三人を振り払ってママに駆け寄り、そのすんなりした足にガシッと抱き着く。 「ど、どうしたの?美鈴」 「ママはわたしのなのっ!おとこのひとにはあげないのっ!」 「美鈴…」 ママは嬉しそうに私を抱き上げて、ぎゅっとしてくれた。私もお返しにぎゅっと抱きしめ返す。 「だってよ、親父」 椅子に座ったままニヤニヤと言う姿は本当に目の前の男にそっくりだ。 流石親子。 「お前達、父親に協力しようって気はないのか?」 「協力、ねぇ。それして俺に得あるのか?」 「はっ。俺が知らないと思っているのか?お前達の好みは俺と同じだ。そうだろ?」 「……ちっ」 ニヤニヤ返し。双子だけが未だ意味も解らず付いてこれていない。 私達と自分達の身内を交互に見ている。そんな双子を見て父親はにっこりと美しく微笑んだ。 「葵に棗。お前達だって美人の母親と可愛い妹が欲しいだろう?」 視線だけで私達の方を見ると釣られて双子も私の方を見た。 「美鈴ちゃんが妹になるの?」 「そうだ」 「ずっと僕達と一緒?」 「一日中一緒にいられるぞ」 そう言った瞬間、双子の顔が輝いた。 嬉しそうに私とママの傍に駆け寄り、ママの足に二人が抱き着く。 「えっ?えっ?」 にこぉっと笑った双子からの猛攻撃が開始され、夕食を誘われ、なんと恐ろしいことにその日の内に結婚の約束を取り決められたのだ。 白鳥一家に家まで送って貰い、家へ入るとママは顔を真っ赤にして崩れ落ちてしまった。 焦ってママに【本当に大丈夫なのか?】【結婚してもいいのか?】と【落ち着いて考えてくれ】とも言ったけれど、ママもママで押してくる男性に弱い気質があるので私の抗議、抵抗は無駄に終わった。 ヤバい。イケメンの本気、恐るべし。『…以上です。他のご質問は…では、そちらの…』 記者会見が始まり、ホテルの会場は沢山の報道陣で埋め尽くされている。 白鳥家と言えばかなり大きい上にFIコンツェルンも吸収合併となれば仕方ないかもしれない。 私は誠さんと二人、良子お義母様が座る舞台の直ぐ側に控えていた。 「先に子供達を部屋に返しておいて正解だったね」 誠さんが苦笑して私に向かって言う。 それに何故か私は素直に頷けなかった。どうしてだろう。 私は今美鈴から離れてはいけなかったのではないか、と。 ずっと胸の中がモヤモヤとしている。心のどこかがざわざわとして、ずっと全身がピリピリとした緊張感を持っていた。 (どうして、こんなに…。…美鈴に何かがあると言うの?だとしたら、乙女ゲームに関連している筈…。でも、こんな白鳥家に関わるようなイベントは…。いえ。ちょっと待って。『白鳥家』に関わるイベントはない。だけど、もし『白鳥家』関連のイベントではなかったとしたら…?) 記憶を巡る。そして私は一つのイベントに辿り着いた。 メインヒーローである樹龍也のイベントだっ! ホテルでの強制イベント。爆弾テロイベントだっ!! 「しまった…」 さーっと血の気が引く。 「佳織…?」 そんな私を心配して誠さんがぐっと肩を抱き寄せてくれるが、今はそれ所ではない。 「美鈴っ!!」 誠さんを跳ね除けて出入り口の方へ駆けだす。 あのイベントは確か、皆睡眠薬を嗅がされて、尚且つ体を麻痺させられてととんでもないイベントだった。 いつかこのイベントは起きるだろうと覚悟はしていた。 (していたわ。けど、まさか今とは思わないじゃないっ!) せめて、小学高学年に発生するなら、美鈴だってもっとちゃんと対処できる体格に育っていたはずなのに、まだ園児と変わらない様な体格じゃ、そんなの無理に決まってるっ!! 沢山いる記者の脇を抜けて私が豪華なドアへと手をかけた瞬間。―――ドサッ。誰かが倒れる音がした。 慌てて背後を見ると、そこには倒れた記者の姿。―――ドサッ。ドサドサッ。一人、二人と次々と倒れて行く。 まさか、全ての記者を眠らせる為に睡眠薬を撒いていると言うのっ!? ドアノブへ手をかけてグッと引っ張ってみる。 ガチャガチャと音だけをならして開く気配がない。鍵っ!? 辺りに視線を巡らせる。倒れた人間は
俺は全力で走っていた。 エレベーターが動く内に出来る限り進まねばならない。 真っ先に最上階の23階に行ってしまう事にする。 まさか自分がこんな風に爆弾解除をしてまわるなんて思っても見なかった。 だが…。 (こんな非常事態なのに、わくわくする…) これも全部白鳥妹が俺の想像外の事をしでかすからだろう。 パーティでいきなりピアノの難曲を弾きこなした事といい、あっさりと爆弾を解除して、場所を導き出した事といい。 美鈴に関わっていると、飽きる事がない。楽しい。 最上階に辿り着いて急いで美鈴が言っていた2317号室へ走る。ドアを開ける為にカードキーを通してドアを開けると倒れている白鳥兄がいる。 そいつはどうやら意識はしっかりあるらしい。美鈴仕込みの荒業、解毒剤を口に突っ込み、爆弾の在処を探す。 何処にあるっ!? ありそうな場所を手当たり次第探して、何とか発見し、12と入力して、青のコードを鋏で切る。 これでいいんだな。 そのまま白鳥兄に近寄ると、そいつは問題なさげにいとも簡単に立ち上がり、舌打ちした。 「おい。樹財閥の跡取りだな、お前。葵のダチの」 「そうだ」 今美鈴に関してのあれこれで若干不仲になりつつあるが、間違いではないので頷く。 「これは、美鈴の指示だな?」 「あ、あぁ」 驚いた。兄がこんな風に言うって事は、それだけ美鈴の能力を知っており、美鈴の実年齢を疑いたくなる程賢いって事を証明している訳で。 「次は葵と棗を助けに行くってとこか?」 「そうだ」 「なら、こいつが使い時だな」 そう言って胸ポケットからカードキーが二枚取り出される。 「変な奴らが襲ってきて応戦してたら落としてったんでな。咄嗟に拾ったら麻痺する薬使って来やがった」 「成程」 「美鈴は二人の居場所が何処だと言っていた?」 「21階の食材倉庫、そして18階の1801号室らしい」 「そうか。なら俺が18階に行く。お前は21階へ行け」 「分かった。ならアンタにこれを渡しておく。解毒剤だ」 「あぁ、俺がさっき飲まされた奴だな」 「そうだ。それから部屋には必ず爆弾がある。箱の鍵は12、あと青いコードを切ればいいそうだ」 「了解だ」 ざっと説明して俺達は部屋の外で別れた。今度はエレベーターより階段の方が速い。 階段を駆け下りて21階の食材倉庫へと
「で?どこのどいつだ?美鈴ちゃんの髪を、私の天使の髪をこんなにしたのは?」 怒れる七海お姉ちゃんの前で私は苦笑していた。 昨日、髪の毛をあいつに捕まれて逃げる為に髪を切ったものの、あんまりにザンバラ髪になってしまったので、どうしようか考えてた所、透馬お兄ちゃんとすれ違った。 そして私の髪を見て物凄いショックを受けたらしく、その場に崩れ落ちた。そのままお家へ棗お兄ちゃんごと連行されて、軽く直してくれたんだけど。 それでも納得いかないらしく、手直しするから明日も来てくれと言われたので、今日もまた学校帰りにこうしてお家に寄らせて貰ったのである。 透馬お兄ちゃんの部屋の中に新聞紙とビニールが敷かれていて、その上に椅子が一つ。座る様に促されてそこへ座ると首の周りにビニールが巻かれた。間にタオルが挟まってる所が手慣れてる感を感じる。 七海お姉ちゃんが補佐としてついてくれるらしく、二人の共同作業が開始された。 で、ザンバラな私の髪を整えていたら怒りが復活したようで、最初のセリフに戻る訳だ。 「全くだ。おい、七海。ここの右側、どう思う?」 「もう少し、短い方が可愛いと思うっ!…折角髪が伸びてほわほわの天使ちゃんだったのに…」 「大地ん所なんて家族全員が報復しに行こうと頑張ってたぞ」 「嵯峨子のお姉達だって拳鳴らしてたよ」 話ながらも的確に髪を切り揃えてくれる。透馬お兄ちゃんて本当に器用だよね~。因みに今部屋にいるのは私達三人だけ。学校まで七海お姉ちゃんが迎えに来てくれたから、お兄ちゃん達はしっかりと部活に出てる。 「美鈴ちゃん。本当に誰なの?こんなことしたの」 「だから、自分で切ったんですって」 「それは疑ってねぇよ。ただな、姫。俺としては姫がどうして切らなきゃならなくなったのかを知りたいんだよな~?」 うぅ…鋭い。ここは一つ。明るく話して流そうではないかっ! 「えっとねっ、無理矢理キスされて、身の危険を感じたので掴まれた髪を切って逃げたのっ。えへへっ」―――ピシッ。んん?二人の動きが止まったぞ。あれ?極力明るく子供らしく言ってみたんだけど、駄目?失敗? 「透馬。ちょっと、あれ貸してよ。この前お遊びで作ったって言うメリケンサック」 「待て待て、七海。直ぐ改良してやっからもう少しだけ時間寄越せ」 うふふ、あははって二人共怖い怖いっ!!
ムカムカムカ…。 脳内と腹の奥底から苛立ちが支配して僕はその苛立ちのまま家の玄関のドアを開けた。 「…………ただいまっ」 「お帰りなさいませ。坊ちゃま」 出迎えてくれたのは金山さん。佳織母さんはこの時間帯だと部屋で仕事、父さんも勿論仕事で、お祖母さんはきっと美智恵さんとまた二人で仲良くお茶でもしてるんだろう。 「どうかされましたか?随分お怒りのご様子ですが…」 「……何でもないです。それより、優兎は帰ってますか?」 「はい。お帰りになられてますよ。今は部屋でお勉強をなさってますが」 「そうですか。…美鈴と棗も一緒に?」 いつも四人で勉強するし、二人は先に帰したから当然もう帰ってるものだと思ってそう聞き返したら、否が帰って来た。 驚いて聞き返す。 「まだ帰ってないのっ!?」 「はい。…っと今帰られたようですよ」 「今って…えっ!?」 慌てて玄関のドアを開けると。 「わっ!?」 「ちょ、葵っ、危ないよっ。鈴に当たったらどうするの」 二人が突然開いたドアに驚きながらもただいまと中に入って来た。 「葵お兄ちゃんも今帰ってきたのー?」 「うん。そうだけど…」 何で今帰って来たのかと視線だけで棗に訴える。すると棗は苦笑して答えを教えてくれた。 「途中で透馬さんと会ってね。鈴の髪を見て崩れ落ちちゃって。せめて見れるようにって直してくれたんだ」 「あぁ、成程」 そうだ。そう言えば龍也に髪を切られたんだっけ。 驚きでおさまった筈の怒りが復活し、目が吊り上がる。 「葵。後で詳しく教えて」 「……分かった」 僕の怒りが棗に伝染し、棗までも目が吊り上がった。 「ねぇ、葵お兄ちゃん」 くいくいと制服の裾を引っ張られ、鈴ちゃんの方を向く。ビクッと怯えた鈴ちゃんに僕は慌てて笑みを浮かべて雰囲気を和らげる努力をした。 鈴ちゃんを怖がらせたい訳じゃないから。 微笑んで、 「どうしたの?鈴ちゃん」 と努めて優しく言うと鈴ちゃんは微笑みを返してくれた。 「あの、ね?…その……髪、短くなった、けど…似合う?」 言いながら顔がどんどん赤くなっていく。可愛いっ! 似合うかどうかだって?そんなのっ。 「似合うよっ!鈴ちゃんはどんな髪型だって似合うに決まってるじゃないかっ!」 「で、でもね?棗お兄ちゃんも、葵お兄ちゃんも長い方が好きみた
「後は任せたよ、棗」 「分かってる。……樹、腹くくっておけよ。葵を怒らせたんだからな」 棗の腕の中には俺が求めてやまない女がいる。 それを見送り俺は真正面の怒れる男と向き合った。 原因は分かってる。この手に握られた美鈴の髪と美鈴のあの姿だろう。そしてその状況を作りだしたのは俺だ。 だから、この怒りは真っ当なものだ。 棗の言う通り腹を括る必要はあるだろう。 「何か、言い訳はある?」 「……いや、ない」 「そう。なら―――」―――ガンッ!!葵の拳が頬に当たり、脳内がぐらぐらと揺さぶられた。 吹っ飛ばずに踏ん張った自分を褒めてやりたいくらいだ。 「僕は言ったはずだよね?一切近寄るなって」 「あぁ」 「そして君も納得したはずだね?」 「あぁ」 「なら、どうして、君は美鈴の髪を持って僕に殴られてるのかな?」 ぐっと言葉に詰まった。 あいつにキスをしたのは、完全な衝動だった。―――可愛いと思ったんだ。震える姿が。嫌だと叫ぶその姿が。 「………すまない」 自分が悪い事は解ってる。葵から美鈴が男が苦手だから、近寄るなと言われていた。でも、一度知ってしまったら、無理だ。俺はあいつが知りたくて仕方なくなった。 「すまないって何に対して謝ってるの?…龍也。僕の大事な妹に謝るような事をしたんだ?何をした?」 声が氷点下越えしている。口調も普段の柔らかさが消え失せていた。 「…追いかけて、キスをした」 「………もう一度、言ってくれる?」 流石にもう一度言う勇気はなかった。口を噤むと、はぁと大きなため息が聞こえ、もう一発頬に衝撃が与えられた。 口の中を切ったのか、鉄の味がする。 「美鈴を龍也が気にいる予感はしていたんだ。僕達の妹って事で君の中にあるハードルがかなり低くなってるだろうし、何より君の好みど真ん中だから」 ど真ん中…。間違いではないが…。 何とも言い難い顔をしてるんだろう。俺を殴った事で少し怒りを収めた葵が俺の顔を呆れ顔でみていた。 「間違ってないでしょ?賢くて可愛くて龍也の内面を見てくれて、心の強い女の子。違う?」 違わない。葵の言葉を一々否定できなくて、俯く。 すると、胸倉を掴まれて、思い切り睨まれた。 「君は美鈴を苦しめた。君に俯いて黙秘する
風邪を引きました。えぇ、それはもうがっつりと。そりゃそうだよね。お風呂上りに雨の中走り回ってたらそりゃ引くよね。 子供の抵抗力のなさを忘れてました。 皆に物凄い心配をかけたらしく、完治した初日に正座でお説教を喰らいました。 特に双子のお兄ちゃん達が般若でした。滅茶苦茶怖かったよーっ!! こんこんとお説教されて、鴇お兄ちゃんと誠パパにも無茶はするなと怒られて、優兎くんが助け舟を出してくれなかったら、また学校を休む所でした。 にしても、高熱に魘されてたらしいんだけど、私、実はその時の記憶がないんだよね。 魘されて何か言ってたらしいけど、それをママに聞いたら泣きそうな顔で『ごめんね』って謝られた。なんでだろう?はて? ま、それはさておき。久しぶりの学校ですよー。 で学校に来たらきたで、華菜ちゃんの説教にあう。何故だ…。 私がお説教される度に隣で優兎くんが辛そうな顔をするのが、私的に結構くるというか…罪悪感が…。ごめんね、優兎くん。 口に出して謝るのも何か違う気がするから、心の中で全力で土下座しておくね。 「そう言えば、来月クリスマスだねー」 突発的に始まる華菜ちゃんの会話。 それにもう慣れっこな私と優兎くんは頷く。 「二人はサンタさんに何頼むか決めた?」 「う、う~ん…」 「サンタさん、か~…」 私と優兎くんは二人で首を捻った。 いや、だってさ~…。私もうサンタさん卒業して何年ってレベルだからさ~。 それにママ達のお財布事情知っちゃってるとねー…。って言うか、家計簿つけてるの私だしなぁ。 あぁ、でも、調査は必要かな?葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんが欲しがってるのは何か聞いとかないと。あと、旭に何か買ってあげないとな。 「…むむっ。二人共、さてはサンタさんにお願いしないタイプねっ?」 「えっ!?いや、それは、そのー…そ、そうだっ。私、毛糸にするっ!」 咄嗟に口に出したわりには良いプレゼントだと思う。 だって、編んでお兄ちゃん達にあげられるし。編み物することで私も楽しめる。 「毛糸~?美鈴ちゃん、それ何に使うの?」 「勿論編んでマフラー作ったりセーター作ったりするんだよ」 胸を張りつつ答えてみたけど。…って言うかさ? 自分で毛糸買って、皆にクリスマスプレゼントあげるってどうよ? フェイクファーの毛糸を指編みとかでざっくり